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2021/07/11

コロナで身近に起こっていること

  中共コロナでしっかりやられてしまっている日本
本当の原因を突き詰めずに対症療法だけ進めているだけに見えます

おかげでお酒を売っている、あるいは卸している業界は青色吐息
一般的に飲食業界は壊滅的になりつつあります
影響を受けている業界は多岐にわたりますが
葬儀関連もコロナがいい言い訳になって簡素化が進んでいます
返礼品関係、お料理関係が大きなダメージを受けています
しかし意外に、お寺さんに回帰してる傾向もあるそうです

こうした疫病が流行ったり、天変地異が起きたりすると
人間の力が無力に見えて信仰心を取り戻す面があるのかもしれません

信仰心がないということは人間が動物になるということであり
退化しているというふうになります
いくら知識が増えても、人間の精神性に寄与しなければ
その知識は価値がなく
いずれAIに置き換えられていくのでしょう
それが現実になりつつある今

人間とは何か
人間には感性と知性と理性と
そして一番大事な悟性が求められるのです
単なる知性だけならAIのほうが優れていくでしょう
しかし感性と悟性はAIには理解しがたいもののようです


2021/06/28

身近になってきた遺言書

 最近遺言書が取り上げられるようになってきました
これがないとトラブルが起きやすい
ということが認知されてきたのではないでしょうか
それと家督を長男が引き継ぐという考えがなくなってきて
きっちり決めないと争続になるということを見聞きする
機会が増えてきたということでしょう

法の改正により自筆遺言が手軽になってきました
しかも安価に法務局が預かる制度も始まり
大きな財産がなくても遺言書に取り組みやすくなってきた
ということもあります

相続人が複数いる場合も、身寄りがない方も
遺言書が重要になってきています
やはり、晩年に差し掛かってきたのなら
正面から取り組むべきものであるようです

特に身寄りがない方、頼れる人が身近にいない方は
任意後見人、死後事務委任契約、遺言執行人とセットで
遺言書を用意するべきでしょう
私も簡便な遺言書を作ることから始め
少しづつ加筆していこうと思っております

2021/06/18

終活の在り方

  最近相談にのっている方がいらして
いろいろ教えていただいたり、参考にさせてもらっております

80代前半の方で、妹さんがいらっしゃるものの
お互いに高齢なのでアテにはできないし
外にはご親族がいらっしゃらない

ご自身は今後のことも考えて都心からローカルな地に移られました
その際極力調度品は処分され、必要最小限のものにリストラ
また安全性の面でガス器具は使用しないということで
電気調理具に変更 etc

いろいろ考えられていて
自分が逝ったときに処理しなければならないことも
細かに検討されています
原則は”立つ鳥後を濁さず”の精神で
費用面で先に手を打てることはしておく
その後は貯えと年金でつましやかに過ごされると
いった心境のようです

見習うべきことは
潔ぎよさと準備
100までは生きないだろうと想定
しかしそれまでの健康は細心の注意を払う

一番の問題は自分の最期をどう知らせるか
高齢になってくると外出も難しくなりますし
友人もだんだん減ってきます
やはり普段のつながりを持っておくことが大事です
そこで一つ提案をしたのが
スマホのLINEです

使っている方が多いので
どこかのグループに加わり
既読だけは日々返す
さすれば2ー3日既読が付かなければ
何かあったかもしれない
と気にかけていただくように日頃の関係を作る

見守りサービスもあるのですが
やはりビジネスベースだと何か物足りない気がします




2021/06/16

先祖孝行

 母の死去で、自分も分骨をしてもらうことが出来
自分の納骨壇に祀る準備を始めました
この機会に父親や直系の祖父母、曽祖父母と気になる先祖をリストアップ

既に50年以上も前の方がもいらっしゃるし
暗い世界に迷っている感じもありませんので
成仏していただきたいというものではありません

そんな折、曽祖父が書き残した書面が手に入って読みましたら
戊辰の役で敗退し、財産・生活の糧をなくし
両親と3人の子供を抱え昼夜問わずの労苦を知ったとき
先祖に対する感謝がわいてきました

この書面の締めとしては

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以上30件其の他婚儀・年賀・仏事・病難等種々の困苦を挙げて数えればキリがない
暫くその日の糊口を凌ぐ中にも自分と妻が昼夜を問わずの労力を以て
動産不動産を求めたるものであり、遺産や財産を受けたものではない
自分たち老衰の糊口は足るものとし
死後遺産は子孫に与えるものの生活資本の為ではない
子孫はこれを保全し祖先の祭祀の料に備えるものである
子孫自からの労力によって得られたものではなく預かりものである
ゆえに自由に使ってよいものではない
要は男子たるもの20歳を過ぎ自分の衣食は何業なり従事して自活するのは勿論
妻を娶り子を持つとも其の養育・老父母があっても他人の厄介にならず
上記のように労力によって資産を得て一家の基本となすべきと云いおく
篤と感動し懈怠することがあってはならない
以上のことユメユメ忘却すること勿れ

明治36年(1903)10月 〇〇関衛慎興六十八遺書(68歳)
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とあり、図らずも”子孫はこれを保全し祖先の祭祀の料に備えるものである”
に 従うことになります
母が遺してくれた財で総勢15名の納骨法要を執り行うことにいたしました

2021/06/07

終活と余命宣告

 終活を考えるにあたって余命宣告は頭をかすめます
癌になった場合現代では本人に病名の告知がなされます
当然、余命はどのくらいですかという問いが生まれ
医師は余命~カ月とか~年とか教えてくださるわけです

しかしこれはあくまでも統計上の平均値ですので
そのあたりで亡くなる方が半分いらっしゃるとも言い換えられます
余命宣告を受けた期日を迎えても半分の方は生きていらっしゃるということです

この余命宣告で暗示にかかってその通りに逝く方もいるのではないでしょうか
個別にみたら平均値というのはあまり意味がありません
癌の部位とステージで平均値は出るかもしれませんが
末期癌でも治る方はいますし、しかも奇跡というには多い確率でいます
反対にそんなに深刻でないステージでもあっけなく逝ってしまうケースもあります

皮肉なことに手術が成功して退院したら交通事故で逝ってしまうことだってあります

何が言いたいかというと、人はいずれは必ず死ぬのですから
たとえ今健康であって、死などとは無縁であるように思えても
一日一生と思って、今日を悔いなく生きていきたい
いつ死んでもいいように心がけたいと、考えています

まして70代に入るとヒタヒタと忍び寄るのを
感ぜざるを得ず、しかしまだまだ先のような気もする
という矛盾した心境にいます


2021/05/31

5/9 母没す

 母が饅99歳で没しました
一世紀を生き切ったわけですが
立派な最後でした
ストイックに生きて老後の資金を貯め
結果的に子供に負担をかけずに逝きました
生に執着せず、しかし早く還りたいともいわず
延命治療は拒否し
自らの意思で老衰を全うしました

妹一家の受け入れと献身、姉のサポートを以て
天寿を全うしました
私自身がすでに終活に入っているにあたり
母から一つのモデルを指し示してもらったような
最期でした

青春時代、満州にわたり敗戦をくぐり
戦後の復興と高度成長、そしてリーマンショックを潜り抜け
時代を生き切った母親

大正世代の心意気でした

私は昭和終戦時のベビーブームに生まれ落ちた
雑草のような世代
母親とは違った形で
子孫に、素晴らしい日本を、世界を遺していきたい
直接子供たちに何をしてやれたわけでもなく
愛情薄きわが身を恥じつつ
しかし新しき創世記をつくる
その小石を、積み上げてきたことを誇りに思いたい


いま、日本の民主主義の大きなターニングポイント続

 昨17日の兵庫県知事選挙の開票と同時に斎藤氏の確定が出ました。 本日18日の集計結果を見ると下表のようになります。 斉藤氏の票がすべて浮動票でほかの候補者がすべて組織票であったと仮定すると 投票率55.7%が53%に下がると接戦52.5%では落選になってしまう。 計算して改めて...