道路わきのフェンスから
小さな坊やが電車の行き来をじっと見つめていた
それを見て思い出しました
会津坂下の踏切で
汽車が通り過ぎるのをじっと見て
通り過ぎた後も一時間後に来る汽車を見たいと
動かなかったそうな
母親をさぞかし困らせたのかなと
汽車には不思議な魅力がある
確かに機会ではありますが
息遣いが聞こえるのです
最初動き出す時は重そうに
力を振り絞って踏ん張って
段々勢いがつくと軽やかにスピードを上げて走ります
時折調子がいいといわんばかりに汽笛を鳴らします
しかし一度登坂にかかるや
苦しそうな息遣いで上ります
機械やとしてはやはりあの頃が全盛だったのかもしれません
今やCADですべてシミュレーションして
試作など繰り返さずに製品実用化まで行ってしまう
凝ったリンク機構も電子的なタイミングに置き換えられ
機構的な面白さなど吹っ飛んでいます
現代の合理性が何となく疎ましくも感じてしまいます